コンバースのチャックテイラーオールスターを買う前に読むページ
チャックテイラー オールスターとは、ちょっと長い名前だけれども、いわゆるコンバースのバスケットシューズの事。なんでチャックテイラーかという話しで、チャックテイラーが往年のバスケットボールプレーヤーだった事までは良くしられているけれども、その先のチャックテイラー オールスターの話しはなかな出てこない。というか、日本ではコンバースのバッシューで通ってしまうので、チャックテイラーオールスターという言い方自体が少しオタクな呼び方と言えるかもしれないのだ。コンバースのチャックテイラーオールスターデザインは、昔かたぎだから、現代人の足型には少し細身だけれど、ナイキ登場のはるか以前から定番として親しまれ、チャックテイラーオールスターといえば、街履きとして今も昔も変わらぬ人気を誇っている。
チャックテイラーオールスターの名前の由来であるチャックテイラーとはどんな人物だったのだろうか? 日本語のサイトでチャックテイラーに深く及んだ情報は少ない。コンバースがオールスターをリリースしたのは、はるか昔。1917年という記録が残っている。バスケット用シューズとしては最古参、人によっては世界最古と言うが、翌年には高校生のチャックテイラーが既に使用を始めている。オールスターの出来にいたく感心したチャックテイラーは高校卒業後、1921年にはコンバースのシカゴオフィスで働く口を見つけた。入社後間もないチャックテイラーはオールスターの商品改良にいろいろなアイデアを出した。例のクルブシを覆うように付いているパッチだって彼の発案なのだ。オールスターにベタ惚れしていたチャックテイラーだったから、売込みの上手さも人一倍で売りまくる事になったわけだ。
チャックテイラーはオールスターの成功で意外にも富を手にしていない。彼の発案で商品改良され、彼の絶大なセールス能力で600万足を売り上げたけれど、彼はアメリカのセールスでは一般的な歩合給を受け取らず、給与一律のサラリーマンとしてオールスターを売り歩いた。チャックテイラーのこうした努力がなければ、オールスターの成功は無かったと断言する人は多い。だからオールスターは、アメリカではチャックテイラーオールスターという名前で通っている。チャックテイラーは何年も、トランクをオールスターで一杯にし全米中を走った。安モーテルに泊まり、自宅はなんとコンバースの倉庫の中という暮らしを送った。こうした努力もあって、チャックテイラーのサインは今だにオールスターのパッチの部分に刻まれている。
チャックテイラーはがセールスとして成功するかたわら、バスケ選手、コーチとしても後年に成功する。チャックテイラーはノースカロライナ大やレッドフォード大で選手育成に大きな足跡を残していた。チャックテイラーをしてオールスターのセールスマンであり、バスケット選手でもあり、また有能なコーチでもあると評される理由がここにある。